こんにちは、西島です。
先週は、“バドミントンでこころの健康を高める”をテーマに、運動がうつ病の治療に有効であるという研究を紹介しましたが、現時点でFacebookの“いいね”を500件以上もいただきました。読んでいただいた皆様に心から感謝するとともに、その反響の大きさに驚きました。「こころの健康」という問題が本当に身近に存在しているからこそ、このように多くの方々が関心を示したのだろう、と感じています。だからこそ、これまでの研究成果を分かりやすく伝えていくことの大切さを痛感しています。
さて先週紹介した研究では、うつ病の治療に運動が劇的な効果を示すことを報告していました。一方、これは当然のことでもあるのですが、運動の治療効果がなかったと報告する論文もあります。実際には、運動によるうつ病の治療効果を検討した39のランダム化比較試験をふまえて総合的に判断すると、運動はうつ病患者の症状を軽減させる効果はありそうだが、その治療効果はそれほど大きくない(少なくとも薬物療法以上の効果はない)といわれています(Cooney GM, Exercise for Depression, Cochrane Database Syst Rev, 2013)。
「それなら、先週はなんだったんだ!」となりますよね。混乱させてしまい、申し訳ありません。「運動の効果がある」という研究成果と、「運動の効果がない」という研究成果があるのならば、「運動の効果がある」という可能性を伝えたいという想いがありました。そしてなにより、先週も途中で触れましたが、研究グループが論文の中で述べていたことに強く共感したからこそ、個人的に好きな前回のふたつの論文を紹介させていただいた次第です。
私の想いはさておき、うつ病の治療に関していえば運動の効果はそこまで大きくないというのが、これまで明らかにされた事実です。しかしながら、“こころの健康”を高めるために運動は有効ではない、と結論することにはつながりません。というのは、うつ病の治療に関して運動の効果は弱いとしても、うつ病を予防するためには確実に有効と言えるからです。
ここで改めて、この図をご覧下さい。ここから先は、バドミントンといったスポーツ・運動という考えから離れて、日常的な歩行なども含めた「身体活動」として、研究成果を紹介していきます。(詳細は第1回目を参照)
身体活動量が多いことはうつ病予防に有効であるという研究成果はものすごい数が報告されていて、どの研究を紹介すべきか非常に迷ったのですが、今回はアメリカのハーバード大学で行われた女性看護師を対象にした研究(Nurses’ Health Study)を紹介します。この研究には12万人以上(2011年時点)の女性看護師が登録されていて、さまざまな疫学調査が大規模に行われている非常に有名な研究です。
論文:Relation between clinical depression risk and physical activity and time spent watching television in older women: A 10-year prospective follow-up study (高齢女性におけるうつ病リスクと身体活動量およびテレビ視聴時間との関連:10年間の前向き追跡研究)
著者:Lucas Mほか (ハーバード大学医学部)
雑誌:American Journal of Epidemiology, 274: 1017-1027
この研究対象となったのは、基準となる時点(1996年)ではうつ病にかかっていない女性看護師49,821人(平均63歳)です。それよりも以前の1992年から2年おきに質問紙により日常的な身体活動量が調査され、身体活動量に応じて参加者を5グループに分けます。その後、1996年から2006年の10年間にわたって追跡調査が続けられ、身体活動量とうつ病の発症リスクとの関連が検討されました。具体的には、「身体活動量が多い人は、その後にうつ病を発症するリスクが低いか?」を明らかにすることが目的です。
(補足)このような研究は、「前向きコホート研究」と呼ばれており、研究対象の集団を長期間にわたって追跡することが特徴です。「後ろ向きコホート研究」と合わせて、「縦断研究」と呼ばれます。同様の研究に「横断研究」というのもあるのですが、前向きコホート研究は横断研究よりも信頼性の高い結果を得ることができます(可能性の高い因果関係として)。しかし、大規模な集団を追跡調査するために莫大な時間(お金も)がかかってしまう研究にもなります。
こちらの表に、その結果をまとめました。
まず、身体活動量が1日10分未満の人から、1日90分以上の人まで、5つのグループに分けられています。1日90分以上“運動”しているというのではなく、歩行を含めた身体活動が平均して1日90分以上あるということなので注意して下さい。一方、毎日車で通勤して週末は家でゴロゴロしているという人は、1日10分未満のグループに入ってしまうことになります。
49,821人を10年間追跡調査した結果、うつ病と診断されたケースが合計で6,505件ありました。単純に計算すると、約13%もの人が10年のあいだでうつ病を発症したことになります。この値は高いと思われるかもしれません。しかし、そもそも男性よりも女性の方がうつ病にかかる人数は約2倍多く、女性の約20%が一生に1度はうつ病にかかるとも言われており、決しておかしな数字ではありません。
各グループに振り分けられた参加者の人数は当然のことながら異なるため(人年の行を参照)、最も身体活動量が少ない10分未満のグループを基準とし、うつ病を発症した相対危険度が求められました。その結果、身体活動量が多くなればなるのほど、うつ病を発症するリスクが小さいことが分かります。
さらにこの研究では、たとえ身体活動量が多くても、テレビを視聴する時間が長くなればうつ病を発症するリスクが高まる可能性も報告しています。最近は「運動をする」というこれまで考え方に加えて、「座位時間(sedentary behavior)を短くする」ことも大切であることが注目され始めています。このような研究成果を受けて、会議を立って行うようにした企業もあるそうです。
さて、今回紹介した研究のように、身体活動量が多いことがうつ病予防に有効であることは、本当に数多く報告されています。これは間違いありません。では、このような研究成果を受けて、どのようなメッセージを発信していくことができるのでしょうか?
一般的には、「身体活動量を多くするために、運動・スポーツを積極的に行いましょう!」ということが言われます。でも、この考えは、生活習慣病の予防という観点からも、これまでも言われ尽くされたフレーズです。では、その成果はあったでしょうか?
このような疫学研究の成果からは、「身体活動量が低いことが、うつ病の発症リスクになる」ということも同じく言えるはずです。これまでは、このような逆の視点に立った考えはあまり強く主張されてきませんでした。しかし最近になって、身体活動量が低いこと(身体不活動、Physical Inactivity)を強調しようという考え方が広まりつつあります。次回からは、身体不活動という新たな視点から、最近の研究成果を紹介していきます。
西島