「大人の脳では、神経細胞は減るだけで、増えることはない。」
こんなことを聞いたことがある方は、おそらく多いのではないでしょうか。でも実は、大人になっても神経細胞は新しく生まれていて、そしてなんと、運動で神経細胞をさらに増やすことができるのです。
今回はその研究成果の紹介なのですが、その前に、なぜ「大人の脳では神経細胞は増えない」という考え方が広まったのかについて、少しお話させてください。というのも、それには私の海外留学先が深く深く、関係しているのです。
私は2007年10月から1年半、縁あってスペインのカハール研究所に留学していました。ここは、ノーベル医学・生理学賞を受賞したサンティアゴ・ラモニ・カハール(Santiago Ramon y Cajal)の名がつけられた、世界的にも有数の脳科学の研究所になります。
カハールは、「神経系の構造研究」が認められ、1906年にノーベル賞を受賞しました。「脳は神経細胞(ニューロン)から構成されている」ことを明らかにしたその功績はあまりにも偉大で、脳科学の基礎を築き上げた巨人と讃えられています。
しかし、カハールはひとつ、過ちを犯しました。
カハールは当時、「神経細胞は胎生期と出生後のわずかな間でしか、新しく生まれない」と主張していました。偉大な巨人・カハールの言葉なので、「神経細胞は新しく生まれない(no new neuron)」という考えは疑われることなく、長年、信じられてきました。しかしついに、脳科学の進歩によりカハールの主張は否定され、1990年代には大人の脳でも神経細胞が新しく生まれていることが明らかになります。
(なお、カハールは実験結果を捏造したとか、そういう類いの過ちを犯したのではないので、ご注意を。彼の輝かしい業績は、今でも変わらず認められています。)
さて余談ですが、スペインに留学中、もちろんバドミントンもしてきました。こちらは、お世話になったバドミントンクラブの練習の様子です。
ご覧のように、天井がものすごく低い体育館でしたが、バドミントンをしていたお陰で、留学中も本当に楽しい時間を過ごすことができました。「スポーツに国境はない」と言いますが、それを体験できたのは自分にとって本当に大切な宝物です。(いつか、スペインのバドミントン事情などもご紹介できたらと考えています)
さてさて、話を「運動で神経細胞が増える」という話に戻しましょう。その発見は、1999年に、Nature Neuroscienceという科学雑誌に発表されました。この雑誌は、前回紹介したNature誌の弟分にあたり、脳科学の専門誌になります。
タイトル:Running increases cell proliferation and neurogenesis in the adult mouse dentate gyrus. (運動は、成熟マウスの海馬歯状回で、細胞増殖と神経細胞の新生を増加させる)
著者:van Praag H. ほか(ソーク研究所、アメリカ)
Nature Neuroscience. 1999, 2(3):266-270.
研究の紹介と言いながら、実はこの論文の内容を細かく説明してもあまり面白くないと思いますので、こちらの写真を見てください。一目瞭然。是非、その違いに驚いてください。
1枚目は普通に飼育したマウスの海馬(記憶・学習を担う脳部位)、2枚目は4週間、運動を行ったマウスの海馬の写真です。茶色く染まっている神経細胞が、「新しく生まれた若い神経細胞」になるのですが、運動を行ったマウスの方が、若い神経細胞がはるかに多いことがお分かりいただけると思います。
この写真ですが、今回紹介した論文に掲載されていたものではなく、私の実験で得られた結果です。研究では、誰もがその現象を再現できるかが非常に重要になるのですが、「運動は海馬の神経細胞を増やす」という現象は、このように誰でも簡単に再現できる疑う余地のない事実なのです。
私も、実際に運動によるその変化を目の当たりにして、「こんなにも違うものか!」と本当に驚きました。運動をすると、これだけ脳の中が変わるのです。しかも、記憶・学習を担う海馬という脳部位で!!
運動で海馬の神経細胞が増えるとなれば、次は「運動で、記憶・学習能力が高まるのか?」ということになりますね。次回は、この疑問に答えた研究成果を紹介させていただきます。そもそも、マウスやラットで、どうやって「記憶・学習能力」を調べることができるのでしょうか!?お楽しみに。
西島 壮
p.s.「 バドミントンの情報サイトなのに、バドミントンの話がない!」と思われた方は、是非、私の第1回目の投稿をお読みいただければと思います。私の担当回だけでも、「バドミントンに限らず、運動・スポーツについて考える」ということにさせていただきたいので、このわがままをお許しいただき、末永くお付き合いください。