第17回:なぜフォアハンドは難しい?(授業教材4)

 

前回は、アンダーハンド・ストロークの初心者の特徴についてまとめましたが、今回はその発展として、アンダーハンドストロークではなぜ、バックハンドよりもフォアハンドが難しいのか、考えてみます。実はこの疑問に答える鍵は、こちらのコップの受け取り方にありました!

「さぁ、1杯どうぞ」と差し出されたコップ(逆さまになっています)、みなさんはどのように受け取りますか!?

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アンダーハンド・ストロークでは、バックハンドよりもフォアハンドが難しいことは、おそらくこのサイトの読者は経験的によく知っていることだと思います。一方、授業に参加する初心者の学生は、バックハンドよりもフォアハンドが難しいことに、あまり気付きません。実際、初心者の学生のほとんどは、スマッシュのレシーブも常にフォアハンドで返そうとします。ただ、フォアハンドの技能向上のために、実はフォアハンドが難しいこと、そしてフォアハンドで打つためには特徴的な準備が必要であること、これを知ることが大切になります。

こちらの写真をご覧下さい。これは、バドミントンの指導理論(阿部一佳著、日本バドミントン指導者連盟)の1ページ目に掲載されている、タフィック・ヒダヤット選手のフォアハンド・ストロークです(スキャン画像のため、不鮮明で申し訳ありません)。「その技を例えるなら“神のもの” 自由にして自在」という説明とともに、そのフォームも非常に印象的で、“美しい”と感じずにはいられません。

20150622_2

では、このフォームと同じように、フォアハンド・ストロークの準備をしてみてください。
肘関節は屈曲(約90度)しながら体側に固定され、前腕は回外位、上腕は外旋位となっています。同じフォームをとると肩関節、肘関節に窮屈さを感じるはずです。

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この窮屈さが大切なポイント(盲点)になります。美しく、そして自由度の高いフォアハンドを打つために、タフィック選手はこの窮屈な体勢でさりげなく準備しています。そして打つ際には、その窮屈さを開放することにより、余計な力を加えることなく、自然にストローク(回内・内旋動作)が始まります

一方、初心者は、「まさか、窮屈な体勢で打つはずがない。もっと、自由で、リラックスした状態で打っているはずだ」と思いがちで、窮屈さを感じないニュートラルな体勢から、余計な力を加えて、ストローク(回内・内旋動作)を生み出します

この違いに気付くことが、フォアハンドの技能を向上させる一歩になります。「フォアハンドは、窮屈な体勢で準備する」ということを知っていれば、フォアハンドが楽に(自由に)打てるようになり、難しいという感覚もなくなると思います。

 

さて、コップの受け取り方に話を戻しましょう。皆さんは、どのようにコップを受け取りましたか?

おそらく、下の写真の上段のように、あらかじめ手を内側にひねって(回内して)コップを受け取り、逆さまになったコップを戻したと思います。この話は、心理学の分野では「End-State Comfort Effect」という現象を説明するためによく使われる例え話だそうで、かくいう私も先々週、隣の研究室の大学院生の発表を聞いて初めて知りました。

20150622_4私たちは動作を習熟する過程で、目的達成後(動作終了時)が快適な姿勢となるように、予期的な動作準備を行うようになります。このような能力は発達とともに獲得され、3歳では20%、10歳では約60%の子どもが、このような予期的な動作準備を行うそうです(Jongbloed-Pereboom et al. 2013)。(参考、首都大・樋口貴広先生のHPより)

この発表を聴いたとき、「フォアハンドが難しいことは、End-State Comfort Effectで説明できるぞ!」と、ひらめきました。「私の考えは間違ってなかった! 科学的な根拠があった!!」 と。そして、「これでようやく、“バド・サイエンス”というテーマにフィットした投稿ができる!!!」とも(笑)。

実際には、上級者はフォアハンドを打つ際に、「打った後が快適になるように、あらかじめ窮屈な体勢にして・・・」と考えながら練習して、その技能(フォーム)を習得した訳ではないでしょう。何万回という反復練習があって、経験的に、最も合理的な技能として習得したはずです。でも、フォアハンドのアンダーハンド・ストロークが難しい(苦手)と感じている方は、このEnd-State Comfort Effectという知識を武器に、あらかじめ窮屈な体勢で動作準備を行うことを意識して練習に臨めば、技能上達の近道となるはずです!是非、試してみて下さい。

そしておそらく、バドミントンに限らずスポーツ技能(動作)の多くに、このEnd-State Comfort Effectという現象が関連しているのだろうと思います。皆さんも、いろいろな動作の準備に窮屈さはあるのかどうか、探ってみてはいかがでしょうか。

(ちなみに、バックハンドのアンダーハンド・ストロークでは、窮屈な体勢で動作準備をする必要はありません。)

【追記6/24】
調べてみたところ、End-state comfort effectとスポーツ技能との関連に関しては、これまで研究はほとんど行われていませんでした。ただ個人的には、トップ・アスリートが動作準備の局面でさりげなく身体内部に作り出す窮屈さが、洗練された動作を生み出す鍵になるのでは、と感じています。つまり、その窮屈さを言語化して伝えることが、スポーツ技能を指導する際のポイントになるかもしれません。今後、機会を作って、このような研究も始めてみたいと思いました。

西島 壮(首都大学東京)

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西島壮(にしじま たけし)バドミトンの新たな魅力について研究しています

投稿者プロフィール

生年月日:1978年7月23日
身長/体重:175 cm/63 kg
血液型:B型
出身地:長野県

略歴:
1997 長野県松本深志高校 卒業
2001 筑波大学 体育専門学群 卒業
2006 筑波大学大学院 人間健康科学研究科 体育科学専攻 修了
    博士(体育科学)取得
2006 筑波大学大学院 研究員(COE)
2007 財団法人国際科学振興財団 専任研究員
2007 カハール研究所(スペイン) 外国人若手研究員
2009 首都大学東京 助教

競技歴:
1999 全日本学生バドミントン選手権大会 ダブルス(2回戦)
2012 全日本教職員バドミントン選手権大会 30代ダブルス準優勝

専門分野:
運動生理学、運動神経科学

研究室ホームページ:
www.comp.tmu.ac.jp/behav-neurosci/

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