第6回:バドミントンで“こころの健康”を高める!

 

こんにちは、西島です。

突然ですが、みなさんの職場や学校で、うつ病のような“こころの病”に苦しんでいる方はいらっしゃいますか?では、みなさんが所属しているバドミントン・クラブではいかがでしょうか?

2011年7月に、厚生労働省はこれまでの4大疾病(がん、脳卒中、心筋梗塞、糖尿病)に精神疾患を加えて“5大疾病”とする方針を示しました。これは、うつ病などの精神疾患を抱える人が増加の一途をたどり、その対策が急務とされたからです。おそらく、皆さんの職場や学校など身近にも、この問題は生じていることと思います。

ところで、職場や学校といった集団と比べて、バドミントン・クラブなどスポーツ活動に積極的に参加している集団の方が、精神疾患を抱える人が少ないと思いませんか?もちろん、精神疾患を抱えている人はスポーツ活動に参加しない、といったことも事実でしょう。しかし、運動が精神疾患の予防や治療に有効であることも、数多くの研究で明らかにされています。

そこで今回は、運動がうつ病の治療に有効であることを明らかにした、有名な一連の研究(2つの論文)の紹介です。ちょっと長くなってしまいましたが、絶対に「面白い!」と思ってもらえる内容だと思います。これまでの動物を対象とした研究よりは理解しやすいと思うので、是非、頑張って最後まで読んでください!

実験では、高齢のうつ病患者156名を対象に、以下の3つのグループに群分けします。それぞれの治療法を4ヶ月間行い、うつ病の治療効果がどの程度あったかが調べられました。

  1. 運動を行う
  2. 抗うつ薬を服用する
  3. 運動と抗うつ薬を併用する

この研究では、被験者の希望は一切考慮せず、ランダムにグループ分けを行う「ランダム化比較試験」という実験手続きをとっていて、これにより信頼性の高い実験結果を得ることが期待できます。しかし現実には、実験に参加した人の中から、「私は運動なんて嫌いなのに、運動を行うグループに入れられてしまった」といった不満が出ることもあり、難しい研究方法になります。(このように理想と現実の狭間で葛藤を抱えながら、研究も行われています)

この研究以前にも、運動がうつ病の治療に有効であることがいくつかの研究で報告されていました。しかしこの研究ではさらに、①運動による治療効果は、抗うつ薬と比較してどの程度有効か?②運動と抗うつ薬を併用したら、さらなる効果が期待できるのか?、という2つの新たな疑問を明らかにしようとしたことが、非常に特徴的なところです。

さらに、この研究グループは4ヶ月間の治療期間が終了してから6ヶ月後に追跡調査を行った結果も報告しています。というのは、うつ病はせっかく治っても再発してしまうことが多いため、その治療法が本当に有効であったかどうかは治療直後に評価しただけでは分からないためです。そして、この追跡調査で、運動の予想以上の治療効果が明らかにされました。

分かりやすくするために、この一連の研究成果を表にまとめてみました。

20150126まずは、“治療の直後”の結果をみてみましょう。4ヶ月間の治療により、ほとんどの患者でうつ症状が改善し、「うつ病から回復した」と診断された患者は全てのグループで60~70%でした。治療方法の違いによる効果に統計的な差異はみられなかったと報告されています。したがってこの研究では、①運動は抗うつ薬と同程度の治療効果がある②運動と抗うつ薬を併用してもさらなる効果は得られない、ということを示しています。

「運動は抗うつ薬と同程度の治療効果がある」ということだけでも素晴らしい成果なのですが、“治療から6ヶ月後”の結果もみてください。抗うつ薬を服用した2つのグループでは、うつ病から回復した人のおよそ30~40%が再発してしまいました。ところが、運動のみで治療を行ったグループでは、うつ病を再発したのはわずか8%でした。この結果から、治療から半年後までの長期的な効果でみれば、運動のみによる治療が最も有効であったと言えます。さらに、運動による治療効果が抗うつ薬を併用することで消えてしまうという可能性も、この研究グループは指摘しています。

では、なぜこのように、「抗うつ薬を使わずに運動のみで治療を行った場合、その効果が最も持続する」という結果になったのでしょうか?

この研究グループは、“推測でしかないが”と前置きをしながらも、「薬物治療に対する拒否感情」という観点から、非常に興味深い可能性を述べています。

まず、研究に参加した患者から、「運動に加えて抗うつ薬を服用しなくてはいけないグループに入り残念だった」、という感想があったことを報告しています。これは、先に述べたように「ランダム化比較試験」では、どうしても避けるができない課題になります。さらには、「運動の効果が、抗うつ薬を服用することで妨げられている気がする」といった感想もあったようです。これらの感想から、「運動による治療の方が、抗うつ薬による治療よりなんとなく良い」という漠然とした先入観、すなわち薬物治療に対する拒否感情が垣間見えます。

さらにこの研究グループは、「運動療法による心理的効果で大切なことは、自分が自身を支配しているという感覚や自己愛を高めることだ」と述べています。具体的には、運動によってうつ病から回復した患者は、「私は、与えられた運動プログラムに必死に取り組んだ。それは簡単ではなかったけれど、でもその努力によって、私はうつ病を克服した!」という感情を得たのだろうと。逆に運動に加えて薬を服用した患者は、「私は薬を服用したから、うつ病が治った。」という感情になったのだろう、と推察しています。

著者らがいうように、この可能性は推測でしかなく、真実かどうかは分かりません。ただ私個人としては、「なるほどなぁ~」と、この考え方に心から共感しました。皆さんはそう思いませんか?

(余談)研究によって全てが明らかにできる訳ではありません。それよりも、その研究者がなにを想って研究を行っているのか、その研究者の人間性や心の内がちらっと見えたとき、そこにこそ研究のおもしろさが隠れているように感じています。

とはいえ、現実には、うつ病患者さんに運動を行わせるのは多くの困難を伴うことが知られています。うつ病を治療するというよりも、いかにうつ病を予防するかが重要であることは言うまでもありません。次回は、運動によるうつ病の予防効果について、考えてみたいと思います。

西島 壮

論文1
タイトル:Effects of exercise training on older patients with major depression (高齢大うつ病患者における運動トレーニングの効果)
著者:Blumenthal JA 他
雑誌: Archives of  Internal Medicine, 159: 2349-2356, 1999.

論文2
タイトル:Exercise treatment for major depression: Maintenance of therapeutic benefit at 10 months(大うつ病の運動療法:10ヶ月時点における治療効果の維持に関して)
著者:Babyak M ほか
雑誌: Psychosomatic Medicine, 62: 633-638, 2000.

 

 

 

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西島壮(にしじま たけし)バドミトンの新たな魅力について研究しています

投稿者プロフィール

生年月日:1978年7月23日
身長/体重:175 cm/63 kg
血液型:B型
出身地:長野県

略歴:
1997 長野県松本深志高校 卒業
2001 筑波大学 体育専門学群 卒業
2006 筑波大学大学院 人間健康科学研究科 体育科学専攻 修了
    博士(体育科学)取得
2006 筑波大学大学院 研究員(COE)
2007 財団法人国際科学振興財団 専任研究員
2007 カハール研究所(スペイン) 外国人若手研究員
2009 首都大学東京 助教

競技歴:
1999 全日本学生バドミントン選手権大会 ダブルス(2回戦)
2012 全日本教職員バドミントン選手権大会 30代ダブルス準優勝

専門分野:
運動生理学、運動神経科学

研究室ホームページ:
www.comp.tmu.ac.jp/behav-neurosci/

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