オリンピック出場選手紹介9 WS奥原希望選手 本日登場!

おくはらのぞみ選手は 高校教師であったお父さんと小学校教師であったお母さんとの間に生まれました。

兄弟には、兄と姉がいます。

お父さんが長野県の大町北高校でバド部の顧問をしていたこともあり、兄姉とともに7歳の頃からバドミントンを始めたようです。

ご両親のしっかりした方針から バドミントンはもちろん学業にも厳しく

3人共に優秀な成績を収めていたようです。

お兄さんインターハイでベスト8、現在は医師の道を進んでいるようです。

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希望選手(のんちゃん)は小6の時にアジアユースで優勝し、直後にジュニアナショナルのコーチを務めた韓国人コーチと出会うなどの

好運を得てバドミントンに専念する気持ちが強まったようです。

高校からは大宮東高校に進み、大高監督元世界チャンピオン呉健秋さんのコーチングを受け成長を続けました。

高校2年生でインターハイを優勝すると全日本総合でも史上最年少記録(16歳8ヵ月)で優勝を飾り

3年時には日本ランキングサーキット優勝カナダオープン優勝インターハイ2連覇

世界ジュニア女子初優勝など、大きくブレークしました。

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「好事魔多し」、高校3年時平成25年1月、試合中に左膝の半月板を損傷する大けが をしました。

4月に日本ユ ニシスに入社した後に手術し、11月まで試合に戻ることができませんでした。

遅れた時間を取り戻そうとした矢先の平成26年4月、今度は右膝の半月板を 損傷し、再び手術することになりました。

18歳の直前から19歳の一年間は本当に辛い時期であったろうと想像されます。

術後の経過が良かったせいか平成26年11月の香港オープンSSで復活し準優勝

絶望感でいっぱいだった状況から、プレーできる喜びと応援してくれる人たちへの感謝の気持ちを感じつつ

さらにたくましくなって復活を果たしました。

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平成27年 YonexオープンジャパンSS優勝、スーパーシリーズファイナルズ優勝

平成28年 全英オープン優勝 そして オリンピック

 

BWFランキング6位(最高3位)

1995/3/13生まれ 右利き O型 156cm

ラケット:MIZUNOキャリバーREG 25ポンド

 

追記 1度目の手術のあとの9月、ウェルネスの体育館でご本人とシャトルを打つ機会がありました。

回復直後でフットワークや鬼越え君、基礎打ちなどを主に練習していました。

が、今のような底抜けの明るさはありませんでした。

その後に2度目の手術をしたと聞き、さぞかしと思っていましたが、以前よりさらに強くなって帰ってきてくれました。

本当に精神力の強い子だなぁ~と感心させられます。

東京オリンピックまでもターゲットにできる強運も持っています。期待しています。

 

 

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小暮 直隆BWF情報

投稿者プロフィール

1956年12月21日生 170cm 72キロ B型 
群馬県太田高校→北海道大学→塾講師→暇人 

40歳を過ぎて始めたバドにはまりシニア大会などに参加していたが、体力低下とともに情報通の道へ方向修正中!
バドに関するデーターを収集することで上達を早められるのではないかと模索!

全日本シニア(MS.MD )出場
関東シニア(MD)3位
バドミントン大好きなバド変態(笑)

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